実体に触れた情報化をやり続け、壁を超える―『バカの壁』『いちばん大事なこと』

バカの壁 (新潮新書)

バカの壁 (新潮新書)

 僕は一時期あまり本を読まなかったのですが、これは当時リアルタイムで読んだ数少ない本です。今読んでも、面白いことがいろいろと書いてあります。さっと読み返してみました。

 機能主義というのは、ある目的を果たすために、人間の使い方が、この人はこれ、この人はこれ、という風に適材適所で決まってしまうことになる。当然、「あの人もいい人だから、希望の部署に行かせてあげたい」とか「無能だけれど家族があるからクビに出来ない」といった物言いは通用しません。その機能主義と共同体的な悪平等とがぶつかってしまうのが日本の社会です。(P.105『バカの壁』)

 乱暴にまとめてしまえば『バカの壁』は、人と人とがわかりあうのは難しいことで、上記のような困ったことが発生してしまう。それを乗り越えるために、いっそう力強く考えてゆかねばならないのですよ、という内容です。

 安易に「わかる」、「話せばわかる」、「絶対の真理」があるなどと思ってしまう姿勢、そこから一元論に落ちていくのは、すぐです。一元論にはまれば、強固な壁の中に住むことになります。それは一見、楽なことです。しかし向こう側のこと、自分と違う立場のことは見えなくなる。当然、話は通じなくなるのです。(P.204『バカの壁』)

 これを読んで、相手のことを考えて人に接するようになりました。これが正しいと自分が思ったところで、話が通じないのでは困ります。おかげで、当時の僕はとても素直に言うことを聞く人、ぐらいに思われていたかもしれません。また、20代の社会人一年生としては適切なふるまいだったと思います。この本は、非常にたくさん売れたそうで、たくさんの人が読んだと思います。ただ、もしかしたら誤読した人が多いのかもしれません。オビの文章やタイトルが刺激的であるがゆえに、人と人とはなかなかわかりあえないから、あきらめてしまおう。言うことを聞かないやつがいたら、無理やりでも言うことを聞かせてしまおう。そう考えた人もいる可能性があります。

いちばん大事なこと ―養老教授の環境論 (集英社新書)

いちばん大事なこと ―養老教授の環境論 (集英社新書)

 養老孟司先生2003年ベストセラー、と思いきや上記のクリック数やブログ登場回数を見ると『バカの壁』と比べてやや人気がないようです。もったいない(僕もいま読んだのですけど)。
 『いちばん大事なこと』は『バカの壁』を補完している内容だと思いました。まず、社会問題として環境ということがあります。それを解決できるのは、どんな個人の専門家なのでしょうか、あるいは企業でしょうか。すばらしい知識や実績のある、専門家や企業が世の中にはたくさんいます。解剖学の専門家、ごみ問題、農業、都市の設計や建設、生物の生態を調べる学者、想像力豊かなアニメ監督、すばらしい人たちです。そんな人たちがいて、環境問題は簡単に解決できるかというと、そうではないと思います。

 環境問題とは、人間が自然をすべて脳に取り込むことができ、コントロールできると考えた結果、起こってきたとみることもできる。それと裏腹に、自然のシステムはとても大きいから、汚染物質を垂れ流しても、「自然に」浄化してくれるだろうという過大な期待もあった。人間は自然を相手にするとき、理解できる部分はコントロールし、理解を超えた部分には目をつぶってきた。一言でいうなら、相手に対する謙虚な姿勢がなかったのである。(P.101-102『いちばん大事なこと』)

 すばらしい知恵をもつ人間がいたとして、自然の存在はそれより大きいということでしょう。養老さんは、ここで古くから日本人に根付いた「手入れ」の気持ちをもって根気よく続けることが大切と説きます。

 手入れとは、まず自然という相手を認めるところからはじまる。先の天道と人道を立てるとは、それぞれを認めることである。どちらか一方という、一元論ではない。朱子学を文字どおり採用するなら、人道が優先してもおかしくはない。江戸の庶民は、それではダメだと知っていた。(P.100『いちばん大事なこと』)

 その思想を理解したうえで、具体的な作業として挙げているのなかのひとつがデータを集めること。

 強調しておきたいのは、データや標本という情報を集める作業は、自然とはどういうものであるかを把握する作業であるということだ。自然は膨大で、非常にディティールに富んでいるから、情報を集める作業も膨大でディティールに富んだものになる。われわれにできるのは、情報を少しづつ収集し、実体と関係づけながら読み解いてゆくことである。そのなかで、自然がしだいに把握できていく。それが、自然というシステムを理解することであり、環境問題に取り組むときの基礎になるのである。(P.173『いちばん大事なこと』)

 どうしたらいいかわからないことは、人生には山のようにある。それを認めたうえで「辛抱強く、努力を続ける根性」が必要なのである。(P.183『いちばん大事なこと』)

 ここまでくると、環境問題に限らず私たちが直面する世の中すべての問題について、適用できるのではないでしょうか。そうした取り組みに自分が参加するためには、壁があって難しいことだと決めつけずに、自分のわからないことについて学んだり、記録をつけて考えてみることが必要になるのだと思います。すばらしい専門家の方々は、すでに実体をもつ仕事として取り組んでいますし、著名な専門家と直に接する立場の人でなくても、本で読むことから学ぶことができます。また、考えを深める方法や整理すること自体についても、参考になる本がいろいろと存在します。こうして学んで身につけていくことが、環境やさまざまな問題を少しづつよい方向へ動かしてゆく力になっていきます。
 本を書いている著名な先生などが解決してくれる、と考えるのではなく、誰もがそう取り組むことが大事なのかもしれません。壁はこうして突破できるし、壁を突破しないと持続可能な未来はやってこないのだと思います。