夏の成長と未知なるものを描いた物語たち

 夏という場面は、子供の成長を描いた物語において、いい背景となります。

かけがえのない人同士が共有する体験

サマータイム (新潮文庫)

サマータイム (新潮文庫)

 11歳と12歳の姉と弟、および近所の13歳を描いた小説です。3人の子供のうちひとりが一人称の語り手となって語る短編4つという内容です。4つの短編はそれぞれ夏・春・秋・冬の季節に対応しており、それぞれの短編で3人の子供の年齢は微妙に異なっています。
 3人の子供はそれぞれ違った性格のため、考えていることが他の相手に伝わりにくい場面があります。また、後半2編では大人の登場人物が重要な役割を果たすのですが、大人の登場人物が考えることも、子供たちには理解ができないものです。そもそも、人はお互いに考えていることを全て理解することはできないものです。年代の違いによって体験して考えることにも変化が出てきます。こうしたすれ違いやその克服を経て、3人が体験したことは、それぞれがかけがえのない思い出となるのでしょう。

固有の人たちを俯瞰する視点

楽隊のうさぎ (新潮文庫)

楽隊のうさぎ (新潮文庫)

 こちらは、語りが三人称の物語。中学のブラスバンド部を描いた小説で、登場人物が多く、俯瞰した形で物語が描き出されています。主人公の少年克久は、最初は弱々しい少年でしたが、多くの体験を通して成長していきます。主人公をいじめる少年が登場しているのですが、いじめてばかにする側だった少年はいつのまにか、克久に一目おくようになります。いじめっ子の登場人物は、後半であまり明るい日常を送っていないように思えました。人をばかにして平気でいられる人物とは案外そういうものではないでしょうか。主人公のように、自分が取り組んでいることを大切に扱う人はより大きく成長できるはずなので、いじめっ子も成長のきっかけをどこかで掴んで欲しいと思います。

ツンデレ女子

くちぶえ番長 (新潮文庫)

くちぶえ番長 (新潮文庫)

 マコトという女の子と過ごした思い出を、主人公ツヨシの回想として語る形式です。
 マコトはクラスで番長になりたいと宣言し、それから様々な出来事がおこります。登場人物たちは、わかりやすくキャラクター化された印象です。たとえば、マコトは普段はツンツンとしたところがありましたが、バレンタインデーにこんな事をいいます。

「ツヨシのおばさんに教えてもらったの、手作りなんだからね、すっごく時間がかかって大変だったからねっ」
マコトは怒ったように言って、「じゃあねっ」と外に駆け出して、止めてあった一輪車に乗って―コケた。(P.215-216)

 ツンデレですねw
 そんなかわいい登場人物たちは、それぞれが個性的なしぐさや話し方を持っていて、それぞれの世界の見方があります。人がもつ個性を大切に扱うことは、大人として人の尊厳を尊重することにも繋がる部分があるのではないでしょうか。じっさいの世の中にも、いろんな性格の人がいます、同じ時間をすごした仲間のなかで、それぞれかけがえのない思い出になっていくのでしょう。

未知なる世界を知る魔女―おばあちゃん

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

 主人公は中学生の少女で、一時期おばあちゃんの家で生活するようになるという物語です。これは映画にもなって有名ですね。
 大人の人生経験からくる言葉は、子供の成長にとって影響をおよぼすものです。大人の場合でも、父母の年代と祖父母の年代とでは、それぞれ違った世界が見えてきます。死んだ人の思い出も、人の心に残って影響を及ぼしています。
 西の魔女が見る世界は、単調なようでいて活き活きとしたものに感じられます。規則正しい生活など、人として見習いたくなるものがあります。歳を重ねたとき、若い人からそう思われるようになりたいと思いました。

未知な世界の扉があるとして

つめたいよるに (新潮文庫)

つめたいよるに (新潮文庫)

 短めの短編21編。怪談めいたストーリーが多いですが、不気味や怖さというより、単に不思議で冷たい感じで、読み終えると世の中自体が少し違って見えるように感じました。普通の日常的生活を描いた短編も多いのですが、未知なる世界との出会いが短編集の全体を貫くテーマになっているようです。
 たとえば「僕はジャングルに住みたい」という短編は、卒業を控えた小学生がふとジャングルに住みたいと夢想するお話です。日本に生活する人にとって、ジャングルというのは未知の世界です。しかし冷静に考えてみると、小学生が中学生になること自体が未知なる世界への移行です。人は未知なる世界があると心が揺れ動くもので、小学生にとっては中学校もジャングルも似たようなものかもしれません。

ややガラの悪い主人公が、大人に成長する物語

黄色い目の魚 (新潮文庫)

黄色い目の魚 (新潮文庫)

 主人公は高校生の男女です。二人が交代しながら、それぞれ一人称で語る形式。
 物語は全体的に予想のつかない方向に進んでいきます。最初のほうでは、二人ともやや問題児な一面があり、元気はつらつとしたタイプではありません。前半において、二人の思考を綴る言葉はガラの悪い印象ですが、後半で別人のように思慮深くなります。
 著者:佐藤多佳子さんの解説によると、もともとは大学時代に書いていた小説を10年後に完成させたそうです。前半と後半で、文体ががらりと変化するのは著者の文体が10年という時間を経たことがそのまま反映されているのかもしれません。これは主人公が別人のように成長してゆく物語にとって、いい演出として作用したように思います。
 人が別人のように変わるという体験は、それが進行している最中には自分ではわからないもので、後で振り返ったときにはじめて意識できると思います。それをわざとらしくない形で表現しているのが、この小説の特徴です。

未知な世界と関わる

 大人になると、自分は何でも知っているというふうに思い込みがちかもしれません。移り変わりの早い世の中は、大人にとっても未知なものです。その状況から逃げていてばかりではより困難な状況に追い込まれていきますが、勇気を出せなくなる気持ちもわかります。しかしながら、人は大人になるまでに、勇気をもって未知な世界へ飛び込んだ体験が何かしらあるはずです。そんな気持ちを忘れたくないために、多くの小説において成長や未知な世界が描かれるのだと感じました。