豊かなことばのへそ−『オノマトペがあるから日本語は楽しい』

オノマトペがあるから日本語は楽しい―擬音語・擬態語の豊かな世界 (平凡社新書)

オノマトペがあるから日本語は楽しい―擬音語・擬態語の豊かな世界 (平凡社新書)

 オノマトペとは擬音語・擬態語を指す言葉で、フランス語のonomatopee(最初のeの上に点)。
 川端康成の『伊豆の踊子』で踊子が「ことこと笑った」の〈コトコト〉や、さいとう・たかをの『ゴルゴ13』にてライターに〈シュボッ〉と火をつけることなどを紹介し、その面白さが書き綴られています。動物や脳などと違って、テキストベースの研究は測定のための特別な設備や手間が少ないため、本にまとめたときに内容がよりダイレクトに伝わってきます。多数の文献からオノマトペを引きぬいてくる、著者の手腕を存分に堪能できました。
 日本語のオノマトペは、日常的にたくさん使われています。各地域には、特有の方言オノマトペがあり、富山県からは《つんまり「つんまりとしていろ」質素で、平穏なさま》が例に挙げられていました。それぞれ川端康成が、さいとう・たかをが、富山県の人が、表現したいものについて、オノマトペの存在を通して的確に理解することができます。
 この本は、著者の小野正弘さんが編さんした『日本語オノマトペ辞典』についての書評で「『読売新聞』の書評(2007年12月10日付朝刊)で、オノマトペは日本語の「へそ」であると喝破した人がいた。東京大学の河合祥一氏である。(P.9)」ということを受けて書かれたものです。「へそ」は人間の体にとって大事な部分であることから、重大な要点の象徴として使われる言葉です。
 商店の人が客から値切りにあったとき「これ、ギリギリですから」と言って断る。このギリギリもオノマトペです。人同士がコミュニュケーションをする場面で、オノマトペが登場することにより「値下げできません」という断定的な言葉に、ほんのちょっとした柔らかさが加わることなど、コミュニュケーションのためのオノマトペについての考察も興味深いものでした。
 人は言葉を用いてコミュニュケーションを行うことにより、共同してより大きい力を発揮することができます。人が強大な力をもつことを恐れた神様が、人々のことばを通じなくしてしまうというバベルの塔の話は有名です。逆にいうと、ことばのちから、豊かさはそれだけ奥深いのです。コミュニュケーションのための思いやり、想像力を発揮すること、ことばをあやつる人間の偉大さ、そういうものを尊重したいと思えてきます。
 ですから、会議で発言をすることを妨害しようとしたり、年配の人には何も言い返さないというような行き過ぎた〈つんまり〉としたふるまいをしたりということは、人がそれぞれもつ体験に価値を持たせるチャンスを失わせるがゆえに、とても残念なことだと思います。複雑な世界に相対し、専門研究を行って興味深い事例を浮かび上がらせたり、想像力を発揮して円滑にコミュニュケーションを行うことは、人による価値ある営みと再認識しました。日々、耳に入る言葉、目に映る風景、大切な体験として受け止めたいと考えます。