複雑系と人間中心−『野生動物と共存できるか』

野生動物と共存できるか―保全生態学入門 (岩波ジュニア新書)

野生動物と共存できるか―保全生態学入門 (岩波ジュニア新書)

 僕の学生時代の研究テーマには、人間中心という言葉が登場しています。製品や建築物などを設計するにあたり、使う人間にとって有用なものであることは大切であり、それを考えの中心にしたいからです。以来、実務を重ねる日々においても、それは一貫したポリシーとしていました。しかしながら、人間だけに極端な価値をおくというような、悪い文脈でこの言葉が使われることもあります。僕としては、もちろん人間のエゴだけを通そうなどと思っているわけではないのですが、人間と自然に生きる動物との関係について、もう少し考えを深められる余地があるのではないかと思っておりました。そのひとつのヒントになったのがこの本です。
 野生動物が生きる環境は、複雑な環境のもとにあり。人間が自らの便益を図ろうとしてその環境に手を加えても、複雑な関係によって、人間の意図しない結果を生み出すことがあります。たとえば、以下のラッコに関する出来事があります。

ラッコは北の海にすんでいて貝、ウニ,カニなどを食べます。そのために北太平洋の沿岸で漁業に害があるということで駆除されました。ところが思わぬことに、こうしてラッコを少なくしたら、漁獲高が増えるどころか減ってしまったのです。(P.25)

 調べたところ、駆除によってラッコがウニを食べなくなったため、ウニがコンブを食べつくしてしまい、それを食べる魚の数も減ったことが原因だということがわかったそうです。この本には、他にも動物に関する興味深い事例がたくさん紹介されています。例えば、近年になって人里近くに出没するようになったクマの被害の問題があり、富山県ではニュースにも取り上げられていたこともあって興味深く読みました。それぞれに共通するのは、やはり生物の営みは複雑ということです。
 動物の生態を読み解くための、保全生態学に特有の用語や考え方もいろいろ紹介されています。生態に多大な影響を与えるのはキーストーン種と呼ばれていますし、広く分布する種はアンブレラ種と呼ばれているそうです。こうした考え方を用いて、動物の生態を解明する生態学は、緻密で繊細なものと感じられました。論理的に対応してその問題を発見するプロセスとして、自分自身の行動においても参考にしたいと感じます。持続可能な営みを続けていくためには、不確かな思い込みから行動して失敗しないことが大切だからです。

 私はこの章のはじめに、野生動物と人間がいい形で共存していくときに、あまりにも理想主義的になって野生生物のために人間の生活を否定するような極端な考え方はよくなくて、あくまで人間中心であることが基本でなければならないと書きました。(P204)

 人間が特異だというのは、知能の発達により、あまりに大きな力をもち、あまりに多くの人口になり、あまりに多くの資源を利用するようになってしまったことです。そのモンスターのような人間だからこそ、自分を正しく評価し、野生動物の立場にも配慮し、そのうえでいかに生きるかを考えていかなければならないのです。そのためには、野生動物の価値を正しく認めることが、なににも増して重要なのです。(P.205)

 僕は、人間の知能はすばらしいものだと考えています。ひらめきから生まれる創造性を発揮して、農業や工業などの産業や経済活動を行い、価値あるものを創りだすことができますし、複雑な世界を相手に、保全や持続可能な社会への方法をみつけて、問題解決することもできからです。保全生態学などの学問体系も、人間が生み出す価値あるもののひとつです。動物たちの生きる環境を守る力を発揮できるのもまた人間です。そんな人間として、野生の価値も正しく認めねばらなないと思いました。