脳科学を通して贈られる高校生へのメッセージ―社会人がそこから得る好奇心とエネルギー

単純な脳、複雑な「私」

単純な脳、複雑な「私」

 脳に限らず、基礎科学の分野について「それが何の役に立つの」という素朴な疑問を持つ人は少なからずいるはずです。僕は実際にできるものを設計することやビジネスなど、人の実践的な行動に興味を持っていて、そこに居場所を見出しているタイプの人間です。
 しかしながら、日常生活や仕事でいろいろ行き詰まりを感じていたとき、新しい視点を提供してくれるものですし、そこから得た着想を実践的な行動にフィードバックさせると、悩みをうまく突破できる方法が見つかります。
 実践的な行動としては、たとえば〈脳は「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」 - FDmountwill_millsの日記〉で書いた脳科学を通して得られた行動への指針は、実際の役に立っています。また〈10代で出会った胡散臭い題名の本 - FDmountwill_millsの日記〉で紹介したように、科学の視点を勉強にとりいれたときも、役に立つと感じました。

脳科学が証明できること、若者に伝えること

 池谷裕二先生はこの本のなかで脳科学のことを高校生に向けて講義していきます。最初の場面は、池谷先生の母校で行われた講演です。

…こういう主観の問題は、サイエンスの土俵では厳密に扱うのがむずかしかったのですが、今では、脳を覗くことで、「手を握ると痛みが消えること」や「盛りつけや食器や雰囲気で味が変わること」が、脳活動の変化という客観的な指標として証明できる時代になっているんですよ。(P.38)

 脳科学が発展した理由はテクノロジーの発展によって脳の働きをモニターできる技術が向上したから、と理解しています。脳のことを科学・サイエンスとして捉えることによって、様々な発見があったそうです。
 それらのことを踏まえたうえで、以下は高校生に向けてのメッセージです。

 「勉強って意外と楽しいかもしれない」と、自分から積極的に学び始めるようになるのは、ちょうどみなさんくらいの年頃なんでしょうね。勉学へのスイッチがオンになる真っただ中を、今まさにいきているんだということを、自覚してもらえるとうれしいです。(P.89)

 若い人に対して「勉強しなさい」と伝えることは難しいですね。僕は若い頃、そう言われるのが嫌でした。
 『脳に悪い7つの習慣』などを読んだときにも思ったのですが、同じ「勉強しなさい」とか「人をほめなさい」という話でも、何か根拠のある話であればより受け入れやすく感じます。科学はその根拠を導く有効なツールになり得ます。やや大人向けと思われる『脳に悪い7つの習慣』などの本に比べ、『単純な脳、複雑な「私」』は高校生向けの講義のためか、さらに丁寧に噛み砕いた説明です。
 日常生活では、こうして時間をかけて講演するように伝える場面は少ないのかもしれませんが、池谷先生のような丁寧な伝え方は僕も意識していきたいものです。
 気に入ったフレーズをもう一つ引用します。人を思いやることは大切ですし、自分を客観視することも大切ですね。こうした話に脳科学がどう絡んでいるかが見所でした。

 他人の視点から自分を眺められないと、人間的に成長できない。(P.176)

丁寧で優しい受け答え

 この本で紹介された科学の内容は、僕が既に何度か他の本で読んでいたものが多かったです。錯視図形や人間の感覚については〈人類学者と実験者 - FDmountwill_millsの日記〉で紹介した、一川誠先生の講義やその著作を通して概略は知っていましたし、生命の動きについては〈動きに惹かれる気持ち,知的探求,そしてアート - FDmountwill_millsの日記〉で紹介した、池上高志先生の本で紹介されていた内容でした。ですから、僕が注目したのは科学の内容よりも他の部分についてでした。そのひとつは、若い人に向かってどう説明し議論するかという観点でした。

 おお、なるほど!それはおもしろいね。コンピュータについて、そういう視点で僕は考えたことがなかったなあ。…中略…これはすごくおもしろい話だから、今この話を展開するのはもったいないなあ。うーん、どうしようか、せっかくなので明日議論しようか。(P.248)

 講演に引き続いて行われた、高校生とのディスカッション形式で行われた講義において、このような池谷先生の優しい受け答えがたくさんあります。ファシリテーター的な話術ともいえるかもしれません。
 僕は長年、後輩たち仕事のやり方などを教えることが多かったです。池谷先生と高校生ほどの差ではないにしても、時代の違い・経験の違い・考え方の違いに戸惑うこともあったので、こういう議論の進め方は見習いと感じました。
 

好奇心

 もうひとつ僕が注目したのは、冒頭で書いた「それが何の役に立つの」という観点です。〈役に立つこと〉について池谷先生の考え方はこう答えます。

 人の役に立ったらうれしいし、自分も満足だということで、だから科学は面白いんだ…中略…そんなふうに普通の人は考えているかもしれない。
 でも、科学の現場にいる人にとっては、そうじゃない。科学の醍醐味は、それだけに尽きるものじゃない。むしろ本当に面白いのは、事実や真実を解明して知ることよりも、解明していくプロセスにある。(P.400)

 こうした好奇心からくるエネルギーは、僕にもあると気づきました。僕は人の役に立とう・貢献しようと思うことが多いタイプの人間ですが、それだけで考えていても時々エネルギー切れを感じるのです。ですから、僕の場合は、好奇心からくるエネルギーももっと活用してみたいと思います。
 科学の面白さと生きるエネルギー、両方を得られる本でした。