図面の決定力 鍛錬の記録

スケッチで学ぶ名ディテール

スケッチで学ぶ名ディテール

 長年に渡り菊竹清訓設計事務所の副所長として活躍し、現在は遠藤勝勧建築設計室を主催しておられる遠藤勝勧さんのスケッチ集、および設計や図面についての本。”建築界の名番頭(P.018)”としての組織運営論や、”記録の鬼(P.022)”としてのコスト管理、工程表、打ち合わせ記録等の扱い方なども書かれています。ボリュームと迫力に満ちた本でした。

図面,スケッチ

 現代では建築設計図はほとんどCADを用いて描かれます。しかし、それが一般化するのはごく最近です。遠藤勝勧さんが菊竹清訓設計事務所を退所された1994年末において、菊竹事務所では大勢の所員が製図版を用いて作業をしていたそうです(Foreword,手書き設計のすすめ,P.003)。 当時は、菊竹所長やプロジェクトリーダーの所員が短時間で図面をチェックできたとのこと。また、設計に行き詰まりそうになると事務所が一団となって問題を解決する体制が生まれたとのことです。
 現代では、コンピュータによるCADの使用が普及しています。コンピュータの画面上では、ぱっと見ただけでは他の人が何をやっているかわかりづらいです。21世紀以降に実務の図面を描き始めた僕にとっては、当初その問題について実感が無かったのですが、徐々に意識的になってきました。去年、職場では皆に声をかけてコミュニュケーションをとり、間違いの無いようプロジェクトを進め、時には担当者に指導を行う役割を上司から与えられていました。
 手書き図面においては、GLひとつ入れるにしても後から変更するのは大変ですので、設計のイメージをしっかりもったうえで図面にとりかかる必要があります。また、納まりや形に自信がもてずに修正を繰り返している部分は、消しゴムの汚れや線の乱れによって行き詰っていることが伺えます。それが見えづらくなったため、技量の不足が見えづらくなっており、作業の手戻りや間違いなども発生しやすいと考えました。
 CADの使用によって、自然に伝わっていたコミュニュケーションを補完するよう、いろいろ工夫しながら言葉をかけるようにしていましたが、なかなか大変でした。ある部品の変更中であることが、僕の方に伝わらずに上書きしてしまい。間違った内容で部材の生産が行われそうで冷や汗をかいたこともあります。CADの使用は作業レベルで便利なように思えますが、本当の品質向上や効率向上に結びつけるのはそう簡単ではありません。

設計図作成の技術、その鍛錬としての実測

 遠藤勝勧さんが建築設計事務所を訪ね、事務所のサッシや階段や手すり等を実測してスケッチに描いたうえで、設計事務所長にインタビューした内容があります。設計事務所が入居する建物自体が、その設計事務所による設計を選んでいます。そこでのスケッチの綺麗なこと見事ですし。設計意図を読み取り、インタビューで指摘する視点も見事でした。
 遠藤勝勧さんは図面を描くスピードが人の5倍ぐらいあるとのこと。実測などを通して実物に触れて、納まりや設計意図をイメージできることは重要と感じました。僕も、仕事中にはスケールと記録用のノートを持ち歩いていろいろ記録していたため、遠藤さんほど圧倒的ではないにしても、割と早くできるという自信があります。また、図面から3次元の見え方を読み取るテスト、専門的にいうと図学のテストを一度やってみたのですが、簡単に満点をとることができました。学生時代はこの科目に3回ぐらい落ちた苦手分野だったのに、社会人でものを見て計って設計しているうちにだいぶ鍛えられました。
 今思えば、前述の部署全体の作業向上を助ける仕事のとき「こういう記録や実測をあなたもやりなさい」とシンプルに伝えなかったことが悔やまれます。悔やんでいるから、僕は仕事に関することを、こうして長々とブログに書くのかもしれません。単なる自分の学びとアクションプランとしての読書記録であれば、長々と書く必要はないし、ブログ公開する必要もないですから。僕がブログに書く本は、その意味で厳選しています。

サッシ等の納まり図の役割

 伊東豊雄さんと遠藤勝勧さんの対談があります。そのなかで、サッシメーカーの役割についての話がありました。伊東さんの事務所には、サッシをどう納めるか技術的にフォローしてくれるメーカー担当者が来ているそうです。遠藤さんはその話を受けて”それが本来あるべき姿ですよね(P.125)”と仰っています。
 僕はメーカーにてそのような図面を、少ないながらも何度か担当しました。遠藤さんや伊東さんが、その仕事の意義を理解してくださることについて実にうれしく思います。この仕事は、言われたことを聞いてカタログの内容を写すだけでは通用しないのです。しかしながら、サッシ業界は建設業のなかで下流底辺などと自虐的なことを言っている人、いつも卑屈な態度で業務に取り組む人、そういう人もこの業界には残念ながら存在します。そういう態度が、僕は大嫌いです。
 ”僕は現場へ行って、フリーハンドの原寸図面を描く。そうすると職人さんたちがみんな寄ってきてくれて「こういうことか」と分かってくれるし、乗ってきてくれる。(P.125)”という言葉があります。そういう役割が納まりの図面にはあります。その納まりひとつひとつが、建築全体の設計意図のなかで存在しています。

図面の決定力

 現在のコンピュータ環境では、技術の発達によって”図面らしきもの”を書くのは実に簡単です。開口部の納まりは、建材メーカーの公開データをコピー&ペーストすればそれらしきものができます。住宅の間取りをつくる専用ソフトがあれば、驚くほど簡単に各種図面ができあがります。多くの部材や部品が描かれた図面から、ひとつの部品を変更することも簡単です。しかしながら、設計意図の重要性や、実際にできあがる納まりの重要性は手書きの時代と何の変わりもありません。それが途中で揺らいでしまうと、最終成果の品質も怪しくなります。
 ”住宅を設計した際、建て主からドアの位置を変えてほしいと言われたことがあります。ただ変えるだけなら、5分でできてしまう。でもそれでは菊竹さんは納得しない。プランをねこそぎやり直すんです。(P.013)”という言葉があります。ドアひとつの納まり変更であっても、様々に影響を及ぼすからだと思いました。「決めたこと」変えることは膨大な労力がかかることを覚悟しないといけない。手書きの時代に比べ、CADを使うようによって修正作業の労力は軽減されたとは思うのですが、「決めたこと」からの変更は膨大な労力がかかる可能性を覚悟しないといけないし、「決める」にあたってはしっかりとエネルギーをかけて考えないといけないのだと考えます。
 女優の若尾文子さんが心がけていることとして「決めたことを変えない」ことがあるそうです。芝居の一連の動作のなかで、ひとつの動作を安易に変えてしまうと全体でおかしくなる可能性があるからとの意味でした。それは夫である建築家の故・黒川紀章さんの影響と聞いたことがあります。昔の建築家は、それがはっきり分かっていたのかもしれません。コンピュータでコピー&ペーストを使っていると修正の作業が簡単に感じられるため、忘れられがちなことだと感じました。

個人的なアクションプランとしてのメモ

 偉そうに長々と書きましたが、僕は今までこれほど記録が重要とは思わず、なんとなく続けているだけでした。昔の記録がどれだけ残っているかもよくわかりません。後で見直して活用することもそう多くはなかったです。記録について、前回のエントリに書いたノート術の内容と共に、しっかり活用したいと思います。