ノマド(遊牧民)-黒川紀章がかつて思い描いた未来と現在の社会 

シゴタノ!読書塾Vol.5 受付スタート! → 8/30(日)締め切り | シゴタノ! への応募記事として書きます。シゴタノ!の皆様よろしくお願い致します。
 テーマは自分を見つめなおす一冊とのこと。そこで思いついたのが、建築家の故黒川紀章の著作です。以前、黒川紀章氏の著作や作品集を集中的に読んだいた思い出があるからです。以来、建築分野の本を多く読むようになったことが行動の変化であり、それから10年ほど経ったいま、その思想に何を感じるかという点が見つめ直しのポイントです。

都市革命―公有から共有へ

都市革命―公有から共有へ

黒川氏の最新著書であり遺作です。内容は、黒川氏が過去に発表した思想の概略、実際に行った都市計画の紹介、日本の都市計画に向けての提言などです。今回、その思想に改めて触れると共に、晩年の都市計画についても詳しく知ることができました。

プロローグ

  1. 世界のパラダイムシフトと都市化
  2. 都市の構造改革
  3. 公有から共有へ
  4. 少子化時代のシュリンキングポリシー
  5. コンパクトシティサステイナブルエコシティへの挑戦
  6. 都市再生と新たな産業
  7. カザフスタンの新首都計画
  8. 中国の実験都市鄶東新区

 まず、20世紀から21世紀にかけての変化がプロローグとして述べられます。

〜肉体労働の生産性から創造的活動の生産性へと視点を移さなくてはならない。〜

 21世紀においては、人が肉体的な能力を用いて、工場で何かを大量生産するような産業のあり方ではなく、創造的な活動が中心となるということだと解釈しました。黒川氏はこれを

21世紀の都市は労働力を示す「人口」ではなく創造性を持った「人材」となるだろう。

「機械の原理の時代」から「生命の原理の時代」へのパラダイムシフトだと考えている。

 といった言葉で表現しています。
 黒川氏の主張は、21世紀も都市の時代であるということが特徴です。コンピュータの発達等によってどこでも仕事ができるために、仕事によって人口が集中していた「都市」が消滅する、というような意見には否定的です。
 脱工業化社会のなかで、労働力を集約する工場のような場所に縛られることなく、人が自由に行き来しながら活動する、という「ノマドの時代」は黒川氏が昔からの主張していることです。その都市では多様な文化が交流し、共生していく場がある。それがサステイナブルに循環してゆくという思想です。

人間が生きてゆくためには、自分一人では生きてはいけないという寂しさを補完するものが必要である。それを私は「情緒安定機構」と呼んでいる

 創造性をもつ人間同士が交流するコミュニティが必要であり、21世紀の都市はそのコミュニティを提供する場、だと解釈しました。
 2章「都市の構造改革」にて、「世界のマーケットを見よ」という見出しのついた節があります。これまでの日本経済は、人口が豊富で増加していることにより、内需によって経済が十分に機能していました。しかしながら、少子化が進行した日本では、世界のマーケットに進出する必要があります。その一例として挙げられたのは、本を出版するとき、日本の出版社が日本で本を売るだけで成立しているということ。少子化のもとでは、それが成立しません。
 数ヶ月前、日本のベストセラービジネス書が韓国出版されているという様子をウェブで見ておりました。そのような機会が今後増えていくことを、黒川氏はうまく予測していたと考えます。
 これらの考えに基づいて、建築や都市の設計を行った事例が、後半で紹介されます。カザフスタンや中国での大規模プロジェクトです。どのように現地の発展に貢献していくのか詳細に紹介されていました。
 そんな黒川氏の活動自体が、創造性に満ちたノマド的な活動の一例と思えます。20世紀においては、それは著名な建築家のような限られた人だけの活動だったかもしれません。しかし、今後は海外との取引や投資や、文化的な交流などがより多く行われると思えます。近年、IT技術がそれをより容易なものとしています。
 黒川氏の思想の全てが実現するわけではないとしても、今後の社会では様々な変化が起こり得るのだと感じました。今後の社会のあり方や、働き方などを考えるうえで、参考になる点が多いです。