ひと昔前の暮らしを現代に持ち込む―『楽しいぞ!ひと昔前の暮らしかた』

楽しいぞ!ひと昔前の暮らしかた (岩波ジュニア新書 (522))

楽しいぞ!ひと昔前の暮らしかた (岩波ジュニア新書 (522))

 著者の新田穂高さんは、スポーツ専門誌の編集者を経てフリーライターとなったそうです。そのためか、スポーツ的な動作について鋭いと感じる箇所があります。

 フーッ。鍬を振る手を休めて腰を伸ばした。無効から若葉の山が迫ってきた。振り返ると、塗り終えた畦がまばゆく光っている。
 「この達成感って自転車に似てるよな。くろかけはスポーツだよ」
 ぼくはひとりでうなずいた。そして、風景を眺めるだけでなく、風景をつくる、いや、風景そのものになってみたいという願望が、じつは趣味のサイクリングが高じた結果なのかもしれないと、あらためて気がついたのだった。(P.76)

 むかしの暮らしには、スポーツに似た身体の使い方が要求されますし、多くの人が協力が必要です。必然的に、身体が鍛えられて共同体のコミュニュケーションがうまく機能するようになっています。身体の不調にしてもコミュニュケーションにしても、現代人の不満として例に挙がることが多いものです。著者は、ライターとして楽しく読みやすい文章が書けることが、ひとつのスキルとしてあって、このような生活が実現できているのだと思います。その意味では、メディアという第三次産業が著者の生活を支える基本でもあるのでしょう。ですから、この本で紹介されるような内容は都市で生活する現代人からはかけ離れているわけではなく、工夫することによって誰もが体験できる部分があると思います。
 ベランダでだってガーデニングはできるし、地域の人びとに呼びかけることだってできる。昔の暮らしにはそういうものがあって、それが望ましいという感覚は誰もが感じていることと思います。それを実行してみよう、という気持ちが湧いてきて、明るい気分になれる本でした。田んぼや山と人の生活がより活き活きとしたものに見えてきます。自然の営みは、日々ひとつとして同じ表情を見せることがありません。人工的に強度を保った工業製品にはない、ひとつの魅力だと思います。